岩手の特産品をご紹介します。
前沢牛 南部鉄器 プラチナポーク(白金豚) いわて短角牛

前沢牛
前沢牛(まえさわぎゅう)は、岩手県奥州市前沢区で肥育された黒毛和種の和牛が、一定の規格を満たした場合に呼称を許される銘柄牛肉。「前沢牛」は、岩手ふるさと農業協同組合(JA岩手ふるさと)によって商標登録されている。
岩手県では古くから牛の飼育が盛んであったが、主に農業の労働力を補う家畜という要素が強く、生産規模も零細農家が多かった。しかし、1970年代から徐々に肉牛としての生産が活発化し、1980年代には全国肉用牛枝肉共励会にて名誉賞を獲得。

南部鉄器
南部鉄器(なんぶてっき)は、岩手県奥州市、盛岡市で作られる鉄器。1975年には伝統工芸品に指定された。
平安後期に、豊田館(とよたのたち、藤原経清の居館。場所には諸説あるが、豊田館跡擬定地として、奥州市江刺区岩谷堂字下苗代沢が挙げられている)にいた藤原清衡が近江国(滋賀県)より鋳物師を招いて始めた。これが、次第に南下して水沢に伝わったと語り継がれている。中世の鋳物師は「歩き筋」と呼ばれるように、必要に応じて地域を転々することが常である[要出典]。需要主である清衡が平泉に移ると彼らも一緒に移った。実際、奥州藤原氏の時代の遺跡からは鋳型が出土している。奥州藤原氏の滅亡以降は、日用品を細々と鋳造した[要出典]。
水沢に鋳物師が定住するようになったのは室町時代初期で、黒脇千葉家がその始めだったといわれている。江戸初期には地域に鋳物業が定着していく。1683年(天和3年)に鋳物業を興した及川喜右衛門光弘という人が、中興の祖と讃えられている。以後、仙台藩の庇護を受け、鉄鍋、鉄釜を中心に、仏具なども生産し、幕末には大砲も鋳造している。

プラチナポーク(白金豚)
「白金豚」 名前の由来
岩手県花巻市の偉人、宮沢賢治は、人間の業をよんだ秀作「フランドン農学校の豚」の冒頭で、豚が大地の恵みを受けて上等な食肉を生み出す様を、自然界における「触媒だ。白金とおなじことだ」と感心しています。 童話作家であり、学者であった賢治ならではの例といえます。そして今、花巻の大地でその精神を受け継いで昇華した豚肉に「白金豚」(はっきんとん)と名付けました。
[飼育日数] 190日
[養豚システム] 2サイトシステム(離れている二つの農場で家畜を育てること) 豚も人間の赤ん坊と同じ様に、離乳期を迎えるころから、母乳による免疫力がが低下し始め体が弱くなります。その為、離乳期の間は、周囲に成豚のいない環境や設備の整った「離乳舎」に入れて、外界から守ってあげる為です。

いわて短角牛
日本短角種(いわて短角和牛)
南部牛にショーとホーン種を交配、品質改良を重ねた末に誕生。」
名前の由来
その昔、旧南部藩時代に沿岸と内陸を結ぶ”塩の道”の物資輸送に使われていたのが南部牛。「田舎なれども南部の国は、西も東も金の山」-民謡・南部牛追い唄にうたわれるのはこの南部牛のことです。日本短角種(いわて短角牛)はこの伝統ある南部牛に明治以降輸入されたショートホーン種を交配、品質改良を重ねた末に誕生し、昭和32年には日本固有の肉専用種として認定されました。黒毛和種の毛色が真っ黒なのに対し、日本短角種は赤茶色。おなじみ「赤べこ」の愛称で親しまれてきました。おもに岩手や青森・秋田・北海道などで飼育されています。
いわて短角和牛の肉質は、黒毛和種と比べ脂肪分が少なくタンパク質が多いのが特徴。また、牛肉のおいしさのもととなるイノシン酸・グルタミン酸などの成分も、たっぷり含まれています。赤身が多く、やわらかで風味のよいいわて短角和牛はステーキはもちろん焼肉・すきやき…と、料理法を選ばないおいしさ。ヘルシーでナチュラルな味わいにファン急増中です。
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